インタビュー vol.4 コンサートマスター 福井智宏さん       「音楽を作っていく過程は、まるで会話を楽しむようなもの」

3月 2nd, 2013

 

 

さて、昨シーズンにつづき、今シーズンもこの企画がやって参りました!

奏者さんへのインタビュー「あなたのマーラーに会いたい」!

今回は、ロマンチックな表情に溢れる感性と確かな技術でオケと監督と会話し、そして音楽をまとめる我らがコンサートマスター、福井智宏さんです!

今までで最長インタビューとなりました♪

留学先イギリスでの衝撃の連続のオケ経験、プロムスに通い詰める日々、そして福井さんの考える「音楽」とは・・・。後に行くほど福井さんの魅力に迫っていけたかなと思います。さっそくじっくりと、どうぞ・・・

*****

 

山下)福井さん、私、初めて福井さんが来られた日の合奏で、その表情に見入って吸い込まれそうになってしまい、自分でもびっくりしたのを覚えています。まるで…何て言うんだろう、音楽が体の中から溢れ出てるみたいな。それにそのまま身を任しているみたいな。とっても素敵でした。一体どんなことを感じながら、どんな感じ方をされながら演奏されているのだろう、ってとても興味が湧いたんです!昔からそうだったのか、意識されてないのか・・・そこの所のヒミツをちょっと教えて頂けませんか?

 

福井)ありがとうございます・・・そんな風に言っていただいて、こちらこそびっくりしてしまいました(笑)。何だか嬉しいやら恥ずかしいやら・・

特に意識はしていませんし、それに、自分の弾いている姿ってあまり見る機会もないので、何だか自分のことではないような不思議な感じがします。

ただ、音を出すときに心掛けていることがあるとしたら、作曲家がそのフレーズに込めた気持ちに少しでも近づきたいと願うことでしょうか。

今回のマーラー6番も、素敵なメロディーがたくさん出てきます。喜び、悲しみ、絶望、痛々しいまでの激しい感情の起伏。そんな場面に出会ったとき、ああ、マーラーは何を想ってこのメロディーに託したのだろう・・と考えるのが好きです。やはり音楽ですから、気持ちが一番大切だと思っていますし、そうでありたいと願っています。

山下)ほんとに、何を想ってメロディに託したんでしょうね・・。それを感じようとして、「作曲家マーラーがそのフレーズに込めた気持ちに近づく」にはどうすればいいのでしょうね・・。

福井)例えば、この2楽章、監督は「こどもをあやすように」と表現されてましたよね。良い音色を出そういう気持ちが強すぎると、逆に緊張感が勝ってしまい、こどもを寝付かせることはできません。欲しいのは安心感だと思うんです。

ただただ溢れ出す音楽に身を任せ、そのままに奏でることができたら素晴らしいだろうなと。先ほど山下さんがおっしゃった通りですね♪

山下)本当に。そう、マーラーの作りたかった音楽の、ひとつの指針を提案してくれるのは監督かなと思うのですが、そういえば福井さん、ある時、監督が話す音楽観を、少し上を向いて噛みしめるようにされて、ひとつゆっくり頷かれたあとで、また弾かれた時がありました(私見過ぎですよね)。

でも頭で考えてるって、理解してるっていう感じではなくて、感性と体でスーっと咀嚼されたような感じでした。これはコンマスとしても、かも知れないですが、監督の言うこととかって、どんな風に捉えられてるのでしょう?監督と感じ方が違うって思う時とか、逆に「そうそう!」っていうときとか色々あると思うのですが・・・。

福井)そう言えば、山下さんのブログにもあった、「少し上を向いて~」の部分、すごいな誰だろう?って思ってたんです・・・いやいや、とてもそんな風に出来てませんから・・・。

基本的には、監督の音楽が絶対だと考えています。それが全てです。ただ、その解釈や表現は「点」ではなく、必ずある広がりを持っているはずなので、その限られた範囲内において、奏者が自由に動くことができるんです。ただただ受け身なだけでもダメなんですよね。

ですので、コンマスとしては、いち早く監督の音楽を理解し、それをオケ全体に展開していくことが大切だと考えています。実際に音を出して示したり、ザッツで合図したり、あるいは、それこそ全身を使って表現したりします。コンマスにとって、最も重要な役割だと考えています。指揮者が代わると音楽が変わるように、コンマスが代わっても音楽は変わるのかな?と思ったりします。

山下)なんだかお聞きしていて思ったのですが・・もしや福井さんって、具体的に「こういう気持ちを込めて」とか、「この作曲家はこういうことを表現して・・・」とかあまり難しく考えないで、とにかく音楽そのものを感じて、感じたままに表現されるんですか?

福井さんのお話を聞いているとなんか、言葉では言い表せない感情をそのまま表現してしまう、感覚と音が直結しているというか。余計なものを介していないようなそんな方なのかな、と思ったりします。

福井)もともとオケを始めたのが遅かった(大学院博士前期課程を修了した頃なので、24歳くらいですね。)ので、当時は正直、ついていくことだけでいっぱいでした。周りの音なんて、全然聞けてなかったと思います。その後、大学院博士後期課程に進学したのですが、共同研究でイギリスに1年間留学する機会に恵まれました。もちろん、バイオリンも持って行きました♪

やはりヨーロッパはすごいですね。毎日のようにどこかで必ず演奏会があるんです。ロンドン市内にもメジャーなオケだけでも5つはあったし、それこそ週に1、2回は聴きに行っていました。

プロムスって知ってますか?毎年夏の間、日替わりでプロオケが演奏する音楽祭です。海外からもオケが来ていて、ウィーンフィルやコンセルトヘボーが500円くらいで聴けてしまうんです!

そのコンサートホールが大学のすぐ隣だったので、毎日のように通いました。

あとは、あちらでもアマチュアオケに入団しました。おそらく、この経験が一番大きかったのではと思います。

あちらの方は、とにかく初見が強いんです。まさに、「感覚と音が直結」してるんです。僕が入団したオケは、年に4回の演奏会があり、練習なんて本当に数回程度です。しかも、楽譜は全てレンタル譜を使用するため、練習会場で配布して、練習が終わったら回収してしまうんです。つまり、その場でしか音を出さないんです。

さすがにムリだと思い、特別にコピーをとらせてもらいました。

しかもしかも、1つのオケだけでは物足りないのか、複数のオケを掛け持ちしているメンバーもたくさんいました。。。

本当に衝撃的な経験でした。

そんな中、少しずつではありますが、楽譜をあちらの言語として捉える感覚を身につけていきました。まさに言葉そのものなんです。なので、特に楽譜に指示がなくとも、自然とフレーズを感じたり、当たり前のようにテンポが揺れたりします。それが、本来あるべき音楽の姿なのかなと思いました。

何だか、こんな風に話すと、「音楽留学」してきたみたいに聞こえてしまいますね(笑)。専門は機械工学ですので。。

山下)わくわくドキドキ、息を呑みながらお聞きしていました!

音楽は言葉そのもの。福井さんのインタビューのキーワードになりそうですね。たくさんお聞きしたいことが出てきてしまうのですが、まず、「あちらの言語」、という言葉が出て来ましたが、オーケストラ経験積まれて間もない時にあちらで刷り込みのように身につけられた、音楽を「言語として捉える感覚」とは・・・?

福井)音楽をあちらの言語として捉える感覚」というのを説明するのはなかなか難しいですね・・・もしかしたら、こんなことかもしれません。

例えば、英語を聞いたとき、どのように理解しますか?一度、日本語に置き換え(訳し)ますか?それとも、英語のまま理解しますか?

これに近いかもしれないですね。もちろん、英語のまま理解するという感覚です。

留学する前に、英会話スクールにしばらく通っていたのですが、そこで教わった上達の秘訣なんです。まず始めにすること。それは、自分が日本人であることを忘れることです(笑)。

ですので英語を話すときも、日本語で考えてからそれを英訳するのではなく、直接英語のまま話すんです。音楽もこれに近いのかもしれないですね。

幸いにして、今でも月に数回程度、英語で夢を見たりするので、その感覚はまだ残っているのかもしれません。

山下)そういえば英語と日本語はもちろん違うし世界にたくさん言語はあるけれど、「楽譜」って、考えてみると本当に、一緒ですよね。言語が違うように音楽の捉え方ももちろん違ってくることは想像はできます。

逆に作曲家が表現したかったことは、楽譜に全てが書いてあるのかもしれませんね・・・指揮者によっては変わるものだけれど、だからこそ「これだけは変えないでくれ」と、音符に思いを込めた。実際の言葉では伝わり切らないところまでを。

マーラーなんかは性格か、自分以外の指揮者が信じられなかったのか(?)譜面に細かく指示を重ねて書き込んで、「いつか演奏する」私たちにも自分の曲を演奏されるにあたって勝手な解釈を当てられないように指示していたりして。奏者は大変なんですけどね(笑)

福井)うんうん。関連するんですけど、僕の留学先の研究室は本当に国際色豊かでした。教授がアメリカ人で、学生はスペイン、ドイツ、イタリア、メキシコ、エジプト、サウジアラビア、韓国、中国、そして日本人です。あれれ、イギリス人がいないや。。

もちろん、会話は基本的には英語です。ただ、面白いことに、例えば、イタリア人とメキシコ人の会話はお互いにそれぞれの母国語を使ったりします。後で聞いてみると、何となくですがお互いの言葉が理解できるみたいです。不思議ですよね。

もともとお互いにラテン語ベースの言語だからでしょうか。

そう考えると、やはりヨーロッパの言葉と日本の言葉は全く別物なんですよね。

言葉って本当に不思議なもので、たとえ文法や発音、イントネーションが完璧であったとしても、たどたどしく聞こえてしまうことってありますよね。やっぱりネイティブにはかなわないものです。

音楽もそうだと思います。楽譜通りに弾いているつもりでも、それは残念ながら、「アジアなまり」なんです。

山下)ああ、とてもわかり易いです!私も日本人であることを忘れてチェロを弾いてみようかな・・・。笑)そういえば、「オーケストラ」という音楽のネイティブは、日本ではなくあちらですもんね!

・・・では、どうして楽譜は同じなのに、あちらの方はたどたどしくなく音楽を音楽のまま捉えて表現できるのでしょう?

やはり気になるのは、オーケストラというネイティブであるにせよ、どうしてあちらの人がそういう音楽の表現の仕方に長けているのかな、ということです。

あちらの、色んな意味でレベルの高いオケに入団されていたからだとも推察しますが、言語は違うけれど音楽は一応は同じなはずなのに・・・。

関連して、福井さんがお考え、お感じになるアジアなまり、って、どんな音楽だと思われますか?どこかやはり、ぎこちないのでしょうか?(笑)

福井)オケを始めた頃こそ、いろいろと文献に目を通したり(必ず作曲家の伝記を読むようにしていました。あまりにも無知だったので。。)、深く考えたりしてきましたが、気がついたら(きっと海外での経験がきっかけだったんですね。)今の感覚を肌で覚え、そして帰国してから人生初のコンマスを経験することになるのですが、そこからどんどん経験を重ね、今に至るのかなあと思います。

ただ、正直な話、本当にあまり自覚のないことでして、弾き方や音楽の感じ方がみんなとそんなに違うとは思ってもいませんでしたし、今回山下さんにインタビューを受けて、初めて自分の辿ってきた道を振り返るきっかけになりました。

なかなか感覚的な話になってくるので、上手く言葉で伝えられるかどうかわかりませんが、先ほどの「たどたどしさ」という表現が適切なのかなと思います。

ですので、決して間違ってはいないんですが、何かしっくりこない感じです。

日本語をすごく流暢に話される外国の方って、テレビとかでもよく目にしますが、でもやっぱりネイティブ(日本人)ではないことにすぐに気がつきませんか?

あるいは、外国の方が演歌を歌うような感じです。僕も演歌は全然知りませんが、でもやっぱりこぶしをきかせるポイントは何となく分かる気がします。

楽譜に直接書いてなくても、例えば、こういうフレーズが続けば、こうやって弾くんだよ。」という感覚の統一感が、当たり前のようにありました。これもきっとあちらの言葉からきてるのかなと思います。

それに今思うと、あちらのオケでは「縦のラインを揃えましょう」という練習は、たぶん一度もやらなかったと思います。

もちろんずれることもありましたが、あまり気にしないんです。音楽的な大きな流れ(フレーズ)をみんなで確認しながら楽しむような練習でしたね。

僕ら日本人オケだと、どうしても「まずは譜面通りに弾けるようになりましょう。」と言って、1・2・3・4と拍を叩きながら練習したりしますよね。そういう練習を、向こうでは全くやりませんでした。きっと、音楽ってそういうものではないんでしょうね。

僕ら日本人って、例えば、「英語をマスターする=発音がきれいで、滞ることなくスラスラと」っていうイメージありませんか?

僕の経験の範囲ですが、そういうことではないんだと思います。

僕は決して発音はきれいではありませんし、一回で聞き取れなかったりもします。ですが、ちゃんと分からなかったことを聞き返したり、自分の意志を伝えることは出来ます。つまり、コミュニケーションを主体的にとることができるかどうかということだと思うんです。

海外で日本のスポーツ選手がインタビューを受けたりすることってよくありますよね。入団記者会見とか。最初は英語で自己紹介するものの、あとの質問は全て日本語。一年目はそれで良くても、ずっとそのままだとちょっと厳しいのかなと。。

やはり、言葉は生きているので、暗記していてはダメなんです。形だけ整えてもダメなんです。まさに音楽もその通りだと思いませんか?それなりに譜面通りに弾けるようになることが音楽ではないんです。主体的にコミュニケーションがとれるかどうかが大切なんです。

前にも触れましたが、合奏とは音を介してのコミュニケーションだと思うんです。形を整えるだけでは、残念ながら音楽は内側から溢れ出してこないのかも知れませんね。。

ちなみに、日本語にも方言があるように、それぞれの地方によって(特にアマチュアオケでは)音楽は違うのかなと思っています。

先日も、東北のオケにエキストラで参加してきたのですが、やはり関西のオケとは何か違うんです。

(もともと仙台でオケ活動を始めたので、初めて関西に来たときはかなり戸惑いました。。この経験もやっぱり音楽は言葉なのかなあと思ったきっかけの一つです。)

ですので、あちら(ヨーロッパ)の音楽に少しでも近づくためには、とにかくたくさんの音楽を聴くことを優先させたいなと思うようになりました。

いろんなCDを聞き比べたり、その作曲家の他の交響曲も聞いてみたりといった具合です。

そして、スコアもよく読むようになりました。

あっ、でもイギリスのオケで、スコアを持っている人は皆無でした。僕がスコアを持参して行ったら、「君は音大生か?」とびっくりされたんです。

ってことは、あちらのオケの人達は、スコアも見ないで、音楽的なフレーズの受け渡しを当たり前のようにやっていたんですね。。すごすぎる。。

山下)なんだか異世界すぎて感覚が付いて行かない!(笑)とても独特で感覚的なお話で、頭で考えるよりも心で捉えるようにしてお話を聞いていました。オケのレベルの差や国別の人の性格もあるかもしれませんが、自由さを残して音楽の流れをみんなで楽しんでコミュニケーションするような合奏、素敵ですね! 確かに1・2・3・4と叩くのは、縦は揃っても流れる音楽が気持ちでまとまりにくい、アジアなまり・・。それは最終手段で、ザッツ、目配せなどが自然に流れたらまとまった音楽になるはずですね!

福井さんのお話で、あちらの人は初見が強いということでした。楽譜に必死にならずに、目の前にスペースが生まれますよね。そうしたら周りが見えて、合図や音楽のコミュニケーションがより取れる。ひとつの音楽にまとまりやすくなる。目の前の楽譜に必死なままだとそれは不可能な話ですよね!(笑)

これも最初の合奏からですが、福井さんが各弦楽器のトップの方にも、管楽器にも優しく目配せしてザッツを取っておられたのを覚えています。

初めての曲のコンマスで、よくそんなことがおできになるな、と今更ながら。。やはりあちらで鍛えて来られた成果なんですね。。

マラオケに限った話ではないかもしれませんが、弦楽器の方、またオケのメンバー全てにひとつアドバイス、意識してほしいことなどがコンマスとしておありならば、どういうことがあるでしょうか?

気持ちが大事な音楽、少しでもひとつに、団結したマーラーの音楽になるにはどういうモチベーションが大事でしょうか??

福井)僕が合奏をするときに心がけたいことは、やはり音楽的なコミュニケーションですね。これができたら本当に素晴らしいと思います。

ですのでメンバーのみなさんには、まずは出来る限り譜面から顔を上げて演奏することを心がけていただければと思います。それが何かのきっかけになると思うんです。

いつしか監督も、弦分奏のときでしたっけ、「最初だけ合図を出すので、あとはみなさんで音楽を進めてみて下さい。」という練習がありましたよね。そういうことだと思うんです。そこに流れている音楽にみんなが集まってくる感覚です。

奏者の息づかい、弓のスピード、弾く位置、あるいは体の動きを感じることができれば、次の音楽を想像することができます。

僕も、演奏中は譜面から目を離して、できるだけ周りを見渡すことを心がけています。楽譜はパッと瞬間的に2~3小節くらい先まで見ます。(もちろん、細かいパッセージが続く場面は難しいですが。。)

本を音読するような感じです。実際に声に出しているところより、目は先を読んでいますよね。

ただ、楽譜からすぐ目を離してしまうので、ボウイングをよく間違えてしまうんです。そのたびに後ろのプルトが大混乱!ごめんなさい。。

普段は、木管や弦トップをよく見ています。金管に対しては、少し大きめにザッツを出したりもします。

音楽はナマモノですので、ちょっとした気持ちによって、大きく変わるものです。そのちょっとした変化に喜びを感じられるようになりたいですね。

山下)そうですね。。奏者としては、早く譜面から顔を上げて一段階、上の空気を吸って、福井さんの合図をとらえて大きくフレーズを捕まえて「体から溢れる」音楽を全員で作りたいです。でも、前見なきゃって、暗譜しなきゃって、真剣に固くなりすぎるのも違うし、すごく日本人的ですよね。もう少し余裕というか、あちらの方のような、さっき仰った、あちらの方の、縦揃ってなくても気にしないみたいな、いい意味での軽さも、いるのかもですね。

福井)そうそう。それに関係してますが、プロムスに因んだ話をもう一つ。さすがに毎日通えば常連さんですよね。そしてそんな常連さんは他にもいるものです。

「あっ、この人また来てる!」ってお互いに思っていたおじさんがいて、たまたま話しかけたことがあったんです。

そしたら、そのおじさんはビオラをやっていて、お仕事はというと、レストランを経営しているとのこと。後日、ごちそうになりました♪

家にも招待していただき、ちょうどモーツァルト生誕250周年だったと思います。せっかくの機会なのでやってみよう!ということで、モーツァルトのデュオを何度か合わせました。すごく楽しかった思い出の一つです。たまたま出会った人と一緒に音楽をする。音楽と言っても、ただ会話を楽しむくらいの気軽さがあちらにはありますね。

山下)それってすごく素敵ですね!そういうエピソードって、気持ちが前向きに軽くおおらかになってきます。

音楽は、言葉では表現できないものを伝える手段、とか、割と両極に置かれるふたつだと思っていたので、今回のインタビューはある意味、衝撃でした。

「音楽は言葉そのもの」という意味は、コミュニケーションの手段、音楽を作っていく過程は、まるで会話を楽しむようなもの。そこに会話があれば、周りから人が寄ってきておしゃべりに混ざる。

そうするうちに心がひとつになっていって、絆が出来て、回を重ねるごとに、その絆が深まっていく・・・。でも言葉では表現できないものっていうのも確かにあるし、音楽はそういう意味でさらに次元が高いものなのかなって、思いました。言葉で表すことの出来ない色んな感情を、体から溢れる音楽でコミュニケーションし合う。。。言葉では簡単、だけどすごく難しい。。けどやってみたいし、日本人の「ぎこちなさ」から、いつの日か抜け出したい!届きたいです。やっぱり、福井さんはすごいなって、再確認したインタビューでした!(笑)

なんだか、後半になるにつれて、福井さんの音楽の原点や貴重なご経験が磨いた感性が見えてきて、味が深まって、とても興味深いインタビューでした。

それでは最後になりましたが、5月4日の演奏会に向けて、意気込みなどを、お願い出来ますでしょうか!

福井)最初、コンマスのお話をいただいた時、「気軽に気楽にやってもらって構わないので。。」とのことだったので、じゃあお言葉に甘えて気楽にやってみようかな。。と考えていました。

紫苑のコンマスを引退した直後でしたし、しばらくコンマスはやらないと決めていたんです。しばらくはのんびりと楽しみたいなと。。ですが、練習を重ねていく中で、みなさんの情熱に強く感化されました。やはり、人を動かすのは人の気持ちですよね。コンマス魂に火がついたと言うか、とことんやってみたいと思ったんです。

コンマスって、思っている以上にすごくパワーがいるんです。それに想像を絶するほどのプレッシャーと責任。そして繰り返される挫折、孤独。。

華々しさの裏には、多くの試練が待ち受けているものです。

ぜひとも大成功させたいですね。やると決めたからには、僕も出来る限りのことに挑戦していきたいと考えています。

音楽はやはり気持ちが全てです。もちろん、説得力のある演奏をするためには技術も必要です。ただ技術一辺倒の演奏になってしまうと、関心を集めることができても、感動を届けることはできません。音楽を作っていく過程は、まるで会話を楽しむようなもの、素晴らしい表現だと思います。僕のインタビューはこの一言に集約されると思います。
会話を楽しんでいるのに、楽譜にばかりしがみついて、お互いに顔を合わせないなんて変ですよね。顔の表情や身振り手振り等のしぐさが加わり,言葉だけでは伝わりにくい気持ちを届けようとするんですよね。音楽って素敵ですね...

時として、気持ちが技術を上回ることがあるから、音楽っておもしろいんですよね。

みなさんの熱い気持ちを、いかにマーラーの音楽に乗せて客席まで届けるか。

本番までの積み重ねを大切にしていきたいと思います。

山下)そうですね、私たちのマーラーへの熱い気持ちが、お客さんに伝わればいいですね・・・♪ 福井さん、ありがとうございました!本番、心で会話できるような、素敵な演奏になりますように。。

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